私の両親はとても仲良しだ。
あれは田植えの時期だったか、雑草を抜くためだったか定かでは無いけれど、二人で朝早く農作業に出掛けていたらしい。
そんなことも露知らず、のん気に朝寝坊を楽しんだ娘の私は、シャワーでも浴びようとお風呂場を開けたら、父と母が二人で並んで湯船に入っていた(笑)
なにしとんの!
おどろいて聞くと、
泥で汚れてまったもんで、お風呂に入っとった~
悪びれもなく、ニコニコと、ふたりして。
当時、中学生くらいで思春期の入り口だった私には腹立たしいやらなんやらかんやら。
そりゃあね、農作業で汚れた体を洗うのにお風呂に入るのは、いい。
でも、一緒に湯船に入るものか?一人が洗い場、ひとりが湯船ってならんもんか?
今となっては、二人でちんまり並んでお風呂に入っている姿を微笑ましく思い出される。
本当に、仲良しだったなぁと。
そんな仲良しだからなのか、父は母の事をとても過保護にしているところがある。
頑なに車の免許を取らせないかった。
田舎だし、近所のお母さんたちも持っているので取得したかったらしいけれど、父が許さなかったらしい。
母が車の運転が出来れば外食の時にビールの一杯でも飲めただろうし、部活やバイトで遅くなった私を迎えに行くために晩酌を我慢することも無かっただろう。
それでも、頑として車の運転だけは禁止していた。
が。
母はそんなことではヘコタレル人ではない。
若い時、真面目に父に相談したために免許を取りに行く事を止められたので、今度は水面下で免許の取得を画策した。
教習所に行くと父にばれてしまう。でも、免許証が欲しい。寒い中、パートに行くのに自転車は辛すぎる。
よし!原付バイクを取ろう!と思い立つ。
父の不在時に原付の問題集で独学し、こっそりと受けに行き、見事一発合格!
誇らしげな母に父はご褒美に原付をプレゼント。
その話を聞いた私は、びっくり仰天。
そもそも母が免許証を欲しがっていたことも、父が止めていたことも知らないでいたから。
大丈夫なの?
父に尋ねると、
うまい事運転しとるぞ、後ろ姿はボリジョイサーカスの熊みたいだけどな。
なんてひどい言い方をするのかねぇ、この男は。嫁が自分に黙って勝手をしたからってボリジョイサーカスの熊だなんて!
そう思った数か月後、私は実家に戻り驚くべき光景を目にする。
じゃ、行ってくるわ!
父に買ってもらった原付にまたがって仕事に向かう母の後ろ姿、それは、どこから見てもボリジョイサーカスの熊さんが上手にバイクを運転している姿、そのものだった。
な?ボリジョイサーカスの熊だろう。
目を細めて見送る父、小さくなっていく熊・・・じゃなかった母。
記憶に残っている、あの日 の母の後ろ姿。
はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」