敬愛する野田秀樹様。
野田さんへに私の意見を聞いてもらえる可能性が0ではない手段がブログだったので、ここに書こうと思います。
野田さんが劇場を閉鎖にすることは演劇の死を意味するという意見書を出されました。
多分、お芝居に興味のない人や一部の商業ベースに乗ったものや大きな会社の興行主の主催するお芝居が好きな人にはピンとこないだろうなと。
お国が大変ならお休みすればいいじゃない。って思うのは当然の事。
野球やサッカーやお相撲や歌手にはできるんだから。
劇場が閉鎖されても、事が過ぎたら再開すればいいこと。
それは正しいと思います。
ただ、野球場やサッカー場にはあちこちにスポンサーの広告があって、テレビで放送されればそれだけでスポンサーからお金がもらえる。
実際、大相撲はNHKで放送する時に発生するお金で力士たちのお給料から何から何まで賄えるそうです。
歌手の人だって、無観客でもネットやらなんやらで放送されればもしかしたらCDの売り上げが伸びたり(今はダウンロードか笑)するだろうし、物販だってネットで出しやすいでしょう。
でも、本当に新型が怖いのなら無観客でもやっちゃいけないんです。
選手やスタッフの命だって守ろうよ。
それでもなお、やるってことはそこに利益が生まれるからだよね?
お芝居によっては観客ありきでの演出をしている場合だってあります。
野田さんのお芝居で客席から携帯の着信音が鳴るというものがありました。
それはお話の中に組み込まれていたので、必要な場面です。
客席にお客さんがいないと成り立たないお芝居でした。
だからこそ、劇場にはお客さんが必要なのです。
観客もお芝居の一部なんだから。
一時的に、劇場が閉鎖になったところで、収束すれば、また劇場は開くだろうし、それまで我慢すればいいだけの話でしょ?って思っていると思うんです。
しかも、それを訴えている当の本人が商業ベースに乗っている人(野田さんのこと)なもんだから、もう、それこそ意味不明だと思います。
野田さんほどのキャリアと才能と名前のある人のお芝居が1,2年何らかの理由で劇場から姿を消したとしても、ファンはずっとじっと待ち続けるし、愛し続ける。
そんな人が一つの興行を中止にしたらそのまま立ち直れなくなるなんて言っても、ピンとこないのは当たり前のことだと思うの。
確かにそうです。
大きいところはそうでしょう。
でもね、野田さんが言っているのはそんな一部の劇場の事ではないと思うんです。
それこそ、キャパが200人も満たないような劇場で未来の野田秀樹を目指して頑張っている若者がいます。
ギリギリの橋を渡りながら夢を食べている若者にとって、その公演がラストチャンスだったかもしれない。
未来の芽を摘み取ってしまっていいのか?という事じゃないかと思いました。
ただ、何度も言いますが、野田さんはすでに揺らぐことのないキャリアを積んでいる人です。
その野田さんがそんな若い人たちのことまで心配してるなんて思ってもみない人たちは、野田さんの事を批判するでしょう。
そんなことで瀕死になるのなら死んでしまえばいいというでしょう。
でも、私は野田さんのことを敬愛しているので、その言葉を深読みしてみました。
違っているかもしれないけれど、そんな風に思う人もいるんだと知ってもらえたらうれしいです。
長い手紙になってしまいました。
いつもお芝居の中で泣きそうになるほど素敵な手紙を書いている野田さんに書くなんてハードルが高かった。
では、またいつか、劇場で逢いましょう。
追伸。
宝物歌劇団が公演を再開し、そして、再び中止の決定がくだされました。
野田さんの言う「考えうる限りの手を尽くし」た上での結論であり、歌劇団は観客の演者への愛を信頼してるからこその決断であったはずなのに。
日本のどこかで劇場のあかりを消さずに頑張っている人たちがいる。
模索し続けている人がいる。
私はそんな人たちを応援し続けます。