仕事から帰るたびに家の中が綺麗になっている。
壁のあちこちに飾られていた愛猫たちの写真が外され、秩父札所34観音霊場をまわった時にいただいた観音様のポスターも外され、釘穴は埋められて。
トイレの棚も撤去され、こまごまと飾ってあったわたしの猫の陶器の置物コレクションもどこぞに片付けられてる。(捨てることはしていないと信じたいけど、怖くて聞けない)
家を売りに出して一か月。
かなり強気のお値段なので、お気に入り登録はされるけどなかなか内覧まではたどり着けていない。
でも、いつでも内覧に来てもらえるように、毎日毎日どこかを綺麗にしている。
それがなんか嫌味に感じてしまうの。
だって、わたしがちゃんと綺麗を保つ努力をしていないから、自分が毎日こんなに頑張って綺麗にしなくちゃいけないんだよ。と、言われているみたいで称賛もできなければ感謝もできない。
現在、仕事をしているのはわたしだけなので休みなく働いていて、土日はぐったりしているから旦那さんほど精力的に掃除はできないし。
旦那さんは旦那さんで、やっぱり自分の短気で仕事を辞めたことを申し訳なく思っているのか、内覧とは関係ない鍋やらヤカンやらをぴっかぴかに磨き上げている。
『磨いている時が一番何も考えなくて幸せなんだよ』
それを聞いて、ちょっとだけイラつく。
自分で決めたことにいつまでもグズグズ言ってんじゃないよ。
20年かけて自分たち色に作ってきた家がどんどん知らない家みたいになっていく。
壁の傷も、鍋の汚れも、コレクションを置いていた棚も、綺麗に片付けられて、タダの白い家になっていく。
希望の値段で売れることに越したことはないけれど、家に帰るたびに淋しくなる。
嫌味なのか、贖罪なのか知らんけど。
なんか、ちょっと淋しい。